AV新法を巡る議論はなぜ噛み合わないのか
いつもニュースレターを読んでいただきありがとうございます。公共性の高い内容は採算を度外視して無料公開を続けています。
私の情報発信に価値を感じた方はこの機会に下記のボタンから有料登録のご検討をお願いします。登録後、有料読者限定の記事を全て読めるようになります。
*無料読者と有料読者の提供価値の違いは、リンクを参照して ご理解ください
こんにちは。犬飼淳です。
2022年4月の成人年齢引き下げに伴い、「未成年者取り消し権」(親の同意なく結んだ契約を取り消す権利)が現在の18歳〜19歳に認められなくなりました。これによって、社会経験や知識に乏しい18歳〜19歳が不利な条件でAV出演契約を結ぶ被害にあう危険性が今現在も生じています。そこで国会では「AV出演被害防止・救済法案」(通称「AV新法」)の成立を目指して、急ピッチで素案が練り上げられています。
しかし、この素案をめぐっては、被害者救済を目的に活動してきた方々の間でも賛否が真っ二つに分かれる異常事態となっています。極端な例を挙げれば、同じ政党や団体の関係者の間でも真逆の見解を表明するケースすらあります。
理由としては、2つの意味で議論が噛み合っていないように筆者は感じています。
-
AV新法の位置付けの認識に相違がある(ように見える)。つまり、目指している目的地がそもそも違うために噛み合わない。
-
短期間で大幅に修正された素案の内容が正確に共有されていない(場合がある)。つまり、議論対象が何月何日時点の素案なのか異なっているために噛み合わない。
そこで今回のニュースレターでは、AV新法の素案(最新版)で定められた被害者救済内容を踏まえた上で、双方の主張の相違7点について、状況を整理していきます。
表記の注意事項・前提条件
-
AV新法の素案内容は、このニュースレターを書いている5月17日時点での最新版(5月13日 16時 公表版)に基づく *全文はAV出演被害防止・救済法の実現を求める会ウェブサイトで公開中(最終アクセス日時 2022年5月17日22時)
-
素案内容が目まぐるしく変化したこともあり、賛成派と反対派を単純に分けることは難しいが、賛成意見は主に立法に関わってきた伊藤和子弁護士・塩村文夏 議員、セックスワーカー当事者の団体であるSWASHなどの情報発信に基づく。一方、反対意見は主にAV新法に反対する緊急アクションの呼びかけ人・賛同者の情報発信に基づく。
AV新法で定められた被害者救済内容
現時点で最新の素案(5月13日 16時 公表版)で定められた被害者救済の主な内容を整理したのが以下のスライドになります。
©︎2022 Jun Inukai
現行では規制が無いに等しく、無法地帯であったAV出演契約について、様々な制約・罰則が課されています。特に、赤字で記した箇所は、従来と比較して大きな前進となるものばかりです。
例えば、もともとは成人年齢引き下げで18歳〜19歳が「未成年者取り消し権」を失うことに端を発した法整備でしたが、無条件の解除(13条)は年齢にかかわらず対象とされています。
さらに、契約から撮影までの期間(7条)、撮影終了から公表までの期間(9条)も定められたことで、考える隙を与えられずに被害にあう可能性を軽減しています。事業者への罰則(20〜22条)も導入されており、事業者が法遵守せざるを得ない状況に近づいています。
また、7条・9条などはわずか数日の間にも改善しており、急ピッチで素案が練り上げられている過程が垣間見えます。
-
7条(契約から撮影までの期間):20日後(5月11日時点の素案) → 1ヶ月後
-
9条(撮影終了から公表までの期間):3ヶ月(5月11日時点の素案) → 4ヶ月
*過去の素案との比較は塩村文夏議員のYoutubeチャンネル(5月12日夜の進捗報告)の発信に基づく
これまでの無法地帯と比較して、総じて事業者にとって大変厳しくなった一方、出演者の被害軽減が期待できる内容ではないでしょうか。しかし、この素案について、「事業者寄り」であって、「被害者の救済どころか新たな被害を発生させる」と主張する人々もいます。
AV新法をめぐる主張の相違
同じ条文を読んでいるはずなのに、なぜここまで主張が食い違うのか。筆者が双方の主張を確認したところ、大きく7つの点で認識に相違が生じているように思います。その7点をスライド2枚で整理しました。
©︎2022 Jun Inukai
①AV新法の位置付け
まず、大前提として今回の法整備の発端は成人年齢引き下げに端を発した被害者救済です。しかし、新法に反対する人々は、どうやらAVなどの性産業自体の禁止(もしくは改善)を目指しているのではないかと受け取れる意見が散見されます。これについては、どちらの意見が正しいということではなく、そもそも向かっている目的地に大きな乖離があるので、切り分けて議論すべき内容だと思われます。
あえて個人的な意見を述べれば、先ほどの被害者救済をまとめたスライドでも示した通り、今回の素案で被害者救済が前進する可能性は非常に高く、まずは本来の目的の被害者救済を進めるべきではないでしょうか。その上で、性産業自体の規制については別の枠組みで進めるべき話だと思います。
②性交撮影の合法化
この②は、新法に反対する人々にとって①の懸念とも深く結びついており、7点の中で最も重要な争点だと思われます。
具体的には以下のような懸念が示されています。
「出演者に対して性行為を強制してはならない」(3条)は、逆に言えば「強制でなければ合法」という解釈を生み、これまでグレーだった本番の性行為撮影を白(=合法)にしかねない。
これに対して、賛成側は条文の記載内容に基づいて、明確に反論しています。
「性交を行う人の姿態を撮影」から「性交に係る人の姿態を撮影」(2~4条、7条)に改めている。この変更によって、対象には擬似的な性交も含まれ、実際に性交を行う映像だけを意味しない。
「性行為の強制の禁止並びに他の法令による契約の無効および性行為その他の行為の禁止または制限をいささかも変更するものではない」(1条)と基本原則に示している
「出演者に対して性行為を強制してはならない」(3条)と示している
この②については、弁護士の間でも意見が分かれている通り解釈が非常に難しく、どちらが正しいのかという判断は現時点ではできません。個人的には、性交の本番行為撮影を明確に禁止すれば済む話なのに、なぜそう書かなかったのかという疑念もあります。
③性交撮影を伴う売春の合法化
この懸念については、条文で明確に否定されています。
「売春防止法その他の法令において禁止され又は制限されている性行為その他の行為を行うことができることとなるものではない」
素案が公表された直後の5月14日に「売春の温床になり得る」とツイートする有識者はいましたが、条文を落ち着いて読めば誤解は解けるはずです。
©︎2022 Jun Inukai
④施行後の見直し
一般的に法改正のハードルは高いため施行後の見直しは困難だという主張がありましたが、この懸念も条文で明確に否定されています。
2年以内に条文を見直す規定(経過措置第4条)が明記されている
また、先月に成人年齢引下げは済んでおり、今現在も18~19歳の被害者が生まれ続けている状況を鑑みれば、新たな被害者救済が多数盛り込まれたAV新法を早期に制定することを優先すべきではないでしょうか。
⑤出演者の判断能力・意思
これはケースバイケースでもあり答えを出すことは難しいので、賛成・反対 双方の意見を紹介するにとどめます。
新法に反対する人々の中には、AV出演者をこのように捉える意見があります。
逆境サバイバー、性暴力被害者、DV被害者、家出人などは、容易に関係性の依存を発症します。発達障害、ASD、ADHD、LD、境界知能、知的障害のある人なども、悪意を察知することが苦手です。契約を適切に理解できない人と契約してはならないという規制が必要です。
*5月19日修正:当初は個人のツイートを例示しましたが、AV出演対策委員会の公式声明の存在に気付いたため、差し替えました
一方、当事者であるセックスワーカー(AV新法に賛成の立場)は明確に反論しています。
性的な仕事をしてきた人たちの当たり前の思いや声は、「騙されやすい」「洗脳されやすい」「まともな判断能力がない」等、無力化された当事者像の行き過ぎた一般化によって、常に否定・無視され続けてきました。
⑥業界の労働環境
これも答えを出すことは難しいので、意見を紹介するにとどめます。
新法に反対する人々の中には、AV業界の労働環境がそもそも劣悪であると主張する意見があります。
しかし、当事者である現役AV女優は明確に反論しています。
AV新法に反対する緊急アクションの「現状のAV業界」の描写には、業界の精神的・身体的安全のための取り組みが反映されておらず、疑問を持ちました。平たく言うと、「ここに書かれているのは本当に2022年現在のAV業界の実情なのですか?」という疑問です。働き方・関わるメーカーによってこと異なるかもしれませんが、例えば私の場合は現在はヘアメイク前に同意書の記入があります。
⑦特定性行為の禁止
これも答えを出すことは難しいので、賛成・反対 双方の意見を紹介するにとどめます。
新法に反対する人々はこのような内容も要望しています。
性交、口腔性交、肛門性交、性器への物の挿入は禁止すべき
一方、当事者であるセックスワーカーはこの要望に非常に強い口調で反論しています。
性行為映像作品出演被害の防止等に関する法律(AV 新法)骨子案に対する反対意見並びに要望の中には「犯罪フィクションのコンテンツを禁止する」ことが含まれ、具体例として口淫、肛門挿入、異物挿入などがあげられています。これは、特定の性行為を禁止して罰するソドミー法の考えと同じで、大変危険です。同性間性交などで行われている行為を法律によって禁止することで、性的少数者を犯罪化してきた最低な歴史を繰り返す、人権を無視した意見や要望は決して看過できるものではなく、強く抗議します。
双方の主張の相違7点は以上になります。
⑤〜⑦はどちらが正しいのか判断が難しいことに加え、成人年齢引き下げに端を発した今回のAV新法とはやや次元が違う話に思えるので一旦置いておくととして、③(性交撮影を伴う売春の合法化)と④(施行後の見直し)は条文を読めば分かる通り、反対する人々の懸念は誤解と言えます。
②(性交撮影の合法化)は懸念を100%払拭できる書き方(撮影における性交 本番行為の禁止)に何故しなかったのか、今からでも変更できないのか、という観点で引き続き意見することは賛成・反対の双方にとって意味があるのではないでしょうか。
①(AV新法の位置付け)は、まず大前提(成人年齢引き下げに端を発した被害者救済)を思い出して頂き、今回の素案で被害者救済を進ませるという話に尽きると思います。
ただ、これまで日本では強姦や痴漢を肯定するコンテンツが世の中に溢れているなど、AV業界に限らず性産業全般の規制が緩すぎたことも事実です。そうした性産業全般の更なる改善につては別の法規制で今後 議論を進めるべきではないかと思います。
今回の本編は以上になります。
公共性の高い内容は採算を度外視して無料公開を続けています。私の情報発信に価値を感じた方はこの機会に下記のボタンから有料登録のご検討をお願いします。登録後、有料読者限定の記事も全て読めるようになります。
内容に価値を感じた方や同じ問題意識を感じた方は、SNSや口コミで紹介をお願いします! リンク先を紹介するだけでなく、ご自分のコメントも交えて紹介して戴けると拡散しやすいので大変ありがたいです。
また、今回の内容は私自身も現在進行形で理解を深めている状況のため、「この内容には納得できない!」「認識誤りがある」というご指摘も歓迎です。その際は具体的にご指摘いただけると助かります。
2022年5月18日 犬飼淳
以降は、参考情報のリンクを列挙します。
参考:AV新法を肯定的に捉える人々の主張
AV出演被害防止・救済法の実現を求める会 声明 5月15日(末尾に5月13日16時 時点の素案 全文もあり (最終アクセス日時 2022年5月17日 22時))
セックスワーカー団体 SWASH等の共同声明 5月15日
伊藤和子弁護士 5月16日ツイート(前提知識を踏まえた上でAV新法について発信するように求める苦言)
記者、政治家や法律家,市民団体として声を上げている方々
前提となる #AV出演強要調査報告書 ↓を読んで、現在の法規制と限界を理解してから議論してほしい
事実と法律に立脚しない議論を影響力のある方がすると話が混乱し、不利益を受けるのは被害者です💢
gender.go.jp/kaigi/senmon/b…
塩村文夏 議員 Youtube 5月12日(当日夜時点の素案の進捗報告)
塩村文夏 議員 Youtube 5月13日(当日夜時点の素案の進捗報告)
AV女優 戸田真琴氏 5月16日ツイート(AV新法に反対する緊急アクションへの違和感の表明)
20歳未満に限らずすべての演者が無条件で契約を破棄できるという決まりを作ることは重要と感じ、そこに同意するのを前提として、その他の事項については以下のことを思っています。
参考:AV新法を否定的に捉える人々の主張
AV出演対策委員会 声明 5月1日 *5月18日追記(筆者が声明の存在を知らなかったため)
要望書(ぱっぷす、spring、Colabo等) 5月9日
AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション 5月14日ツイート( #AV新法に反対します という趣旨で主張内容、賛同者を紹介)
#性交合法化反対 #性売買合法化反対 #AV新法に反対します
賛同フォーム
docs.google.com/forms/u/4/d/e/…
志水恵美氏 5月14日 ツイート( #AV新法に反対します という趣旨のマンガを発表)
井戸まさえ 元議員 5月14日ツイート(スレッド形式で素案の問題点を指摘)
だが、残念ながら、法律案を読んでみれば「救済」というよりも、新たな被害を発生させる法律なのではないかと懸念を持つ。
twitter.com/StopAVlaw AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション (@StopAVlaw) / Twitter 2022年5月22日(日)17時半〜@新宿東口広場 今、AV業者に都合の良いAV新法が、国会で通されようとしています。性 twitter.com
そして、議員を経験した人なら法律案を読んでピンとくるはずだ。
「予算がつく」項目がいくつかあるのだ。
たとえば「相談体制の整備」。
AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション 5月14日ツイート(川村百合弁護士 facebook投稿投稿を紹介)
m.facebook.com/10000248133286…
#AV合法化反対
#性売買合法化反対
#AV新法に反対します
今回のニュースレターは以上になります。
・基本週次の配信
・いつでも配信停止可
・読みやすいレターデザイン
すでに登録済みの方は こちら