安保3文書改定(軍拡)に潜む9つのミスリード

政府が突如として決定した安全保障政策の抜本的方針転換(敵基地攻撃能力の保有、防衛費倍増)。この方針転換にあたって、政府が主張した内容に潜むミスリードを整理し、今後の日本で何が起きるのかを明らかにします。
犬飼淳 2022.12.22
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この記事を書いた理由

  • 「ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮ミサイルの脅威を踏まえて、防衛力強化は必要」と政府やメディアによるミスリードが広がっている

  • 安保3文書改定(敵基地攻撃能力の保有、防衛費倍増)で本当は何が起きるのかを理解できなければ、自らの身を守ることすらできない

この記事で理解できること

  • 安保3文書改定におけるミスリード9点

  • 今回の改定がいかに不要かつ危険

  • 今後の日本で有事に何が起きるのか

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12月16日、政府は安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)改定を閣議決定。従来の戦後安全保障政策を抜本的に方針転換する以下の内容を含むため、大きな波紋を広げました。

  • 相手国領域を直接攻撃してミサイル発射などを阻む敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を認める。戦後の歴代内閣が堅持してきた「専守防衛」(憲法九条に基づいて、攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使する考え方)を実質的に放棄。関連して、米国製トマホーク500発等の兵器購入を検討

  • 今後5年間(2023~2027年度)で防衛費を倍増し、GDP比2%へ。5年間総額は43兆円の見込み。歴代内閣が目安としてきたGDP比1%を超えることになる

この決定にあたって、「ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮ミサイルの脅威を踏まえて、防衛力強化は必要」という政府の主張は一見もっともらしく聞こえるため、それなりの妥当性があると感じた方もいるでしょう。また、ここ1ヶ月ほどで突如として挙がった話だったうえ、12月16日の閣議決定前に大手メディアはこの決定の問題点をほとんど報じなかったため、何が問題なのかも分からないまま決定されてしまったという方もいるでしょう。

そこで今回のニュースレターでは、政府決定(敵基地攻撃能力の保有、防衛費倍増、等)に潜むミスリードを整理し、今後の日本で何が起きるのかを明らかにします。

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政府主張の分解

政府が安保3文書改定(軍事拡大)は正しいと主張する根拠は大きく以下2つに分かれると筆者は考えています。

  • 敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つことは問題ない

  • 敵基地攻撃能力(反撃能力)や軍事拡大は必要

前者は問題自体が無いという主張、後者は問題があることは認めるものの恐怖を煽ることで必要性を主張しています。これらをさらに5つの要素に分解すると、このようになります。

©️2022 Jun Inukai

©️2022 Jun Inukai

一般の方にとっては、5点ともそれなりに正しい内容のように聞こえるかもしれません。

*「攻撃対象が沖縄のみであれば問題ない」という意図や考えが筆者には無いことは念のため付け加えておきます

しかし、この主張には国民を誤解させるミスリードが9つも潜んでいます。

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政府主張に潜むミスリード9点

先ほどの図解に9点のミスリードをマッピングすると、このようになります。

©️2022 Jun Inukai

©️2022 Jun Inukai

①国家安全保障戦略に「日米協力」が明記されたため、米国による他国攻撃の一部を日本が担わされれば、日本も攻撃対象になる

これまでの米国追従の日本政府の姿勢を見ていれば、米国が自らの都合で始めた武力衝突に日本が否応なく巻き込まれることは容易に想像できます。

②相手国のミサイル発射前の敵基地攻撃も可能なため、日本側が国際法違反の先制攻撃とみなされ、日本攻撃の大義名分を与える恐れがある

「反撃能力」と言い換えたことで、「専守防衛」は維持されると誤解している方も多いようですが、それは大きな間違いです。日本がまさに「先制攻撃」をする側に回ることも十分にあり得るのです。それはもはや「必要最小限の自衛の措置」とは言えないでしょう。

③米軍基地は沖縄だけでなく全国各地(横田、三沢、厚木、横須賀、佐世保、岩国 等)にあるので全国各地が攻撃対象になる

攻撃対象になるのは中国や北朝鮮に近く米軍基地も集中する沖縄だと考えている方が多いかもしれませんが、そんなことはありません。米軍基地は首都圏を含めて全国各地に存在するのだから、攻撃対象は沖縄にとどまりません。

さらに、敵基地攻撃能力を有する以上は、米軍よりはるかに広範囲に日本全国に点在している自衛隊駐屯地・基地も攻撃対象になる可能性もあるでしょう。

④敵基地攻撃能力を持てば、日本はむしろロシアの立場になる

ロシアによるウクライナ侵攻が持ち出さる際、あたかも日本は被害者という前提で語られることが多いですが、実際は今回の決定によってウクライナのように専守防衛を実践した国を日本が侵略する立場になる可能性が出てきたのです。

⑤そもそも今の日本を中国や北朝鮮が先制攻撃する理由もメリットも存在しない

現在の世界情勢において、日本が攻撃される可能性が最も高いのは台湾独立を巡って中国と米国が武力衝突し、米国に追従する形で日本が巻き込まれるケースです。逆に言えば、今の日本がすべきことはこのケースをいかに回避するかでした。しかし、今回の方針転換はこれと真逆で、日本が先制攻撃できるようになったので今後日本が攻撃対象にされるリスクをさらに引き上げてしまいました。

また、尖閣諸島を巡って日本と中国が武力衝突する可能性を指摘する声もありますが、人も資源もほとんど無い尖閣諸島を巡って争うメリットが両国に無いので非現実と言えます。

⑥そもそも北朝鮮ミサイルの狙いは日本ではなく米国

北朝鮮がミサイルを発射する度に、政府やNHKはその脅威を訴えますが、そもそも北朝鮮は米国に届くミサイルの実験をしているのであって、狙いは日本ではありません。つまり、対抗すべき脅威の設定がそもそも間違っているのです。

⑦中国や北朝鮮が実験中の極超音速弾道ミサイルや滑空体に対して、音速に及ばないトマホークは抑止力にならない

日本政府は北朝鮮ミサイルの脅威等を理由に米国製トマホーク500発の購入を検討していますが、速度が劣るトマホークでは極超音速弾道ミサイルなどの最新兵器は迎撃できないし、抑止力にもなりません。市場に出回ってから30年前後が経過している古い兵器であるトマホークを米国に高く買わされそうになっているのが実態です。

*過去の売買を踏まえたトマホーク500発の参考価格は約1500億円。詳細はJBpress 参照

⑧日本はすでに世界有数の軍事大国であり、軍事力は世界5位

2022年の世界軍事力ランキングで日本は5位に位置しており、決して弱い国とは見做されていません。上位3カ国とはスコアに大きな開きがあるものの、近隣の韓国、欧州のフランスやイギリスよりは上位なのです。

 ここからさらに防衛費を倍増すれば、「軍事大国ではない」と日本が主張しても信用されなくなるでしょう。

⑨防衛費を倍増して世界3位に躍り出ても、1位米国と2位中国とは大差があるため、武力衝突の可能性が最も高い中国には追いつけない

2021年時点の世界の軍事予算に目を向けると、日本は9位(541億ドル)。しかし、上位2カ国(米国8010億ドル、中国2930億ドル)が突出していおり、3位以下は僅差という状況のため、日本が防衛費を倍増(≒1082億ドル)して3位になったとしても、武力衝突の可能性が最も高い中国はその3倍(2930億ドル)近い数字のため、全く及びません


日本が本気で防衛費で中国に追いつくには2倍ではなく5倍以上にしなければならないほど現状は大きな差があるのです。防衛費を増額して対抗するという考え方自体がいかに非現実的かを示しています。

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ミスリードを踏まえた、政府主張 誤りの訂正

ここまでに説明したミスリード9点を踏まえて、政府主張の誤りを訂正すると、このようになります。

©️2022 Jun Inukai

©️2022 Jun Inukai

そもそも敵基地攻撃能力(反撃能力)や軍事拡大は「不要」にもかかわらず、あえて敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つことは「問題」ですから、今回の安保3文書改定は「危うい」判断と言えます。

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有事に予想される出来事

このような危うさを抱えた今回の安保3文書改定(軍事拡大)の結果、有事に何が起こるのかを改めて整理すると、このようになります。

*有事は、現時点で最も可能性が高いと思われる台湾独立を巡って中国と米国が衝突したケース、および米国が中東を攻撃したケースを想定

©️2022 Jun Inukai

©️2022 Jun Inukai

国家安全保障戦略に「日米戦略」が明記されており、敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つ以上は、日本も米国による攻撃の一部を担わされる可能性は十分にあります。

そうなれば、日本は確実に相手国の攻撃対象になります。

*もし日本が攻撃を担わずに済んだとしても、敵基地攻撃能力を有するため問答無用で攻撃対象となる

そして、米軍や自衛隊の拠点の配置を踏まえれば、その攻撃対象は全国各地に及ぶでしょう。

しかし、日本が防衛を理由に購入を検討しているトマホークは音速には及ばないため、最新の極超音速弾道ミサイルの迎撃は不可能

つまり、日本全国がミサイル等の攻撃の被害を受ける可能性があるのです。

***

あとがき

以上が、今回の方針転換の本当の意味するところです。

日本がすべきこと(最も可能性の高い台湾有事を避けるための緊張緩和)とことごとく逆行しており、防衛力強化という本来の目的は達成できない一方で戦争に巻き込まれるリスクだけは引き上げる。まさに支離滅裂な決定と言えます。

日本の戦後防衛政策の抜本的な変更と言えるほどの破壊力を持つ決定でもありますが、政府は十分な説明もせずに決定したうえ、ほとんどの大手メディアは12月16日の閣議決定までは問題の深刻さを報じませんでした。

当事者なのに問題の深刻さに気づいていない方々に1人でも多く届くことを願って、今回のニュースレターは執筆にかけた労力を無視して無料公開しています。内容に価値や問題意識を感じた方はSNSや口コミで本ニュースレターの紹介をお願いします! リンク先を紹介するだけでなく、ご自分のコメントも交えて紹介して戴けると拡散しやすいので大変ありがたいです。

2022年12月22日 犬飼淳

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参考情報

▼平和構想提言会議 *閣議決定前日(2022年12月15日)に公開した意見表明がリンク先からダウンロード可。問題点や提言について、本ニュースレターより更に網羅的かつ具体的な記載あり

▼上記の意見表明と同日に開催された提言発表会議の映像

▼Choose Life Projectが閣議決定前日(2022年12月15日)に放送した関連番組 *同日の平和構想提言会議にも参加した杉原浩司氏(武器取引反対ネットワーク代表)も出演

▼安保3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)

内閣官房ウェブサイトで12月16日公開。

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