【独自】反レイシズム運動を全否定しかねない「Racist Friend」裁判の問題点(1)
*2022年11月30日追記:筆者は唯一人 今年8月から本訴訟を継続的に傍聴しており、反レイシズム運動という公共性も鑑みて前半(訴訟の全体像)までは公開120時間後から一般公開しました。ただし、無断転載・引用・転送はご遠慮ください。注意を無視した読者が訴訟等のトラブルに巻き込まれたとしても、筆者は一切関与しません。
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この記事を書いた理由
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レイシズム(人種差別)を放置すれば、ジェノサイド(虐殺)に発展することは過去の過ち(ナチスドイツによるユダヤ人虐殺、関東大震災における朝鮮人虐殺、等)が証明している
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しかし、長年にわたる反レイシズム運動を全否定しかねない前代未聞の判決がある名誉毀損訴訟で下ってしまった
この記事で理解できること
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問題の名誉毀損訴訟の全体像
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「レイシズム」に限らず、「沖縄(基地反対運動、知事選挙)を貶めるデマ」を広めた本人自らが司法の場(本人尋問)で語った言い分
レイシズム(人種差別)は歴史的に見てもジェノサイドと密接な関係があり、過去の過ち(ナチスドイツによるユダヤ人虐殺、関東大震災における朝鮮人虐殺、等)を繰り返せないためにも、反レイシズムの社会運動は必要不可欠なものです。誰もが気軽に情報発信できるSNSが普及した昨今、インターネットを中心とした言論空間はレイシズムの温床になりやすいため、根気強くレイシズムの芽となりえる言論や人物は注視する必要があります。
しかし、ある名誉毀損訴訟において、そうした長年にわたる反レイシズム運動を全否定しかねない、前代未聞の判決が下ってしまいました。
本件の発端は、経済評論家の上念司氏が自らの著書デビュー10周年記念として2020年1月に渋谷クラブクアトロで開催予定だった音楽祭です。前月(2019年12月)に出演予定のミュージシャン全員が出演キャンセルしたことを受けて、この音楽祭は中止。この件に関連して、上念司氏(原告)は主に以下2点を主張して、音楽評論家 高橋健太郎氏(被告)を2020年に提訴。150万円の損害賠償、当該ツイートの削除、謝罪広告の掲載などを要求しました。
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被告により「レイシスト」と認定された、「息を吐くようにデマを吐く」と名誉毀損された
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被告がミュージシャン 藤原大輔氏を脅迫して音楽祭を中止に追い込んだ
しかし、皮肉なことに上念氏の希望で実施した本人尋問(2022年8月30日)で自らの言動の真意を説明したことによって、上念氏はレイシストなのか、「息を吐くようにデマを吐く」のかは法廷で明らかになりました。さらに、上念氏は沖縄の基地反対運動をめぐる放送が悪質なデマであるとBPO及び裁判で認定された「ニュース女子」の出演者のため、沖縄(基地反対運動、知事選)をめぐるデマについても裁判では改めて焦点が当たり、上念氏の言論活動に対する姿勢も明らかになりました。
2022年11月15日の一審判決(東京地裁、藤澤裕介裁判長)では、当然ながら上念氏の訴えの多くは退けられました。例えば、「息を吐くようにデマを吐く上念司」という高橋氏の強い口調のツイートですら、「原告(上念氏)の事実と異なる説明を訂正し、正しい事実関係を周知させる趣旨で投稿しており、公益を図る目的であった」と判断されました。しかし、上念氏のことを名指しすらしていないツイート(反レイシズムがテーマの楽曲を例に挙げた意見表明)だけは、なぜか「極めて強い人格非難であり、意見・論評の域を逸脱したもの」と判断され、高橋健太郎氏は50万円(上念氏が要求した金額の3分の1)の損害賠償を命じられました。
*藤澤裕介裁判長は、ジャーナリスト伊藤詩織氏が東京大学 特任准教授大澤昇平氏をツイッター投稿による名誉毀損で訴えた訴訟の一審判決(2021年7月)も担当しており、SNSにおける名誉毀損訴訟の経験あり
この判決はざっと挙げただけでも以下3点の非常に深刻な問題を抱えています。
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長年にわたる先人たちの反レイシズム運動を萎縮、後退させかねない
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憲法で保障された言論の自由を侵害する
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名誉毀損訴訟における最高裁判例と明らかに矛盾する
一審判決の誤りを確実に正すべき、重要な意味を持った訴訟と言えます。現に、被告弁護士(神原元氏)は一審判決を受けて、すぐさま控訴を決意。次の高裁判決がどのような結果であれ、最高裁まで戦う覚悟を既に固めており、近日中に本訴訟についての記者会見を予定しています。
本訴訟は登場人物が多く、経緯も複雑なため、今回のニュースレターではスライドを交えながら全体像を整理していきます。実は、判決が下るまでは本訴訟の存在自体を原告も被告も公には明かしていなかったため、本訴訟のハイライトとなった原告への本人尋問を傍聴した記者は筆者ただ一人です。その様子も詳報します。
目次
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訴訟の全体像(登場人物、時系列、ツイートの関連性、争点等をスライドを中心に図解)
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原告への本人尋問の質疑要旨(2022年8月30日に東京地裁で行われた上念氏に対する本人尋問の詳報)
訴訟の全体像
関係者
©️2022 Jun Inukai
時系列
©️2022 Jun Inukai
以下、関連するツイートを列挙します。
12月4日17:12 上念司氏がイベントに参加予定のミュージシャンが「左翼から脅迫を受け」たために出演キャンセルしたとスレッド形式のツイートで説明。
同日17:39 高橋健太郎氏は上念司氏のツイートを引用リツイートした上で、スレッド形式のツイートで反論。楽曲「Racist Friend」を引用した最後の2点で、「レイシストの友達と一緒に歩いているオマエは、もうオレの友達ではない。そう伝えねばならない」「ダイちゃん、もうオレの友達って顔はしないでくれる、と言うことになるかも」とツイート。後に上念氏がレイシスト呼ばわりされたと主張して名誉毀損で訴えることになる
*楽曲「Racist Friend」をめぐる一連のツイートは、一審判決で高橋健太郎氏が50万円の損害賠償を命じられるに当たって唯一の根拠となり、本訴訟で大きな意味を持つこととなった
同日18:54 ノイズ中村氏(出演を取りやめたスガダイロー氏のマネージャー)が本イベント出演キャンセルの経緯を説明した文書を画像ツイート。文書にはイベント内容の精査、出演予定者への周知が十分ではないため、今後の活動への影響を考慮してキャンセルしたという趣旨が記載
同日19:07 高橋健太郎氏はノイズ中村氏の文書を引用する形で「やはり脅迫はデマだったね」とツイート
同日20:44 上念司氏は高橋健太郎氏へのリプライで「それ十分脅迫です」「このtweet自体が私に対する名誉棄損」とツイート
レイシスト認定した根拠を示すように迫る上念司氏に対して、上念氏との直接のやり取りを望まなかった高橋健太郎氏は「C.R.A.C」(レイシスト反対の立場をとる集団の略称)の以下ツイートをリツイートする形で応答。後に上念氏は、高橋氏にレイシスト認定されたとする根拠として、この一連のリツイートを挙げている。
*当該C.R.A.Cアカウントは凍結されており、現在はツイート実物を示せないため、文言で紹介
「え?上念さんレイシストじゃなかったの?」
「え、上念司がレイシストじゃなかったって?えらいこっちゃ-!」
「上念司さんがレイシストじゃなかった、という噂を聞いたのですが、本当ですが、本当ですか。ショックです」
「なになに、上念司@smith796000がレイシストではないなどと信じがたい妄言をいている輩がおるとな」
「上念さんレイシストじゃなかったってマジっすか」
翌5日7:55 上念司氏は高橋健太郎氏のツイートを引用リツイートして、「脅迫は以下のような圧力をかけることによって行われました。このような脅迫の下で中村氏は謝罪文を「書かされた」わけです。」とツイート
12月6日 21:17 藤原大輔氏は「(脅迫の)事実は全くございません」とツイート。
同日 22:53 高橋健太郎氏は藤原大輔氏のツイートを引用リツイートした上で、「息を吐くようにデマを吐く上念司」とツイート。後に上念司氏が名誉毀損で訴えた際の根拠の一つとなる。
12月7日15:42 スガダイロー氏が「脅迫等は受けておりません」とスレッド形式のツイートで説明
上念さんはライブに来てくれる過激な経済学者という認識で政治的な発言に関しては特にここ最近は認知はしていませんでした。
出演決定からキャンセルまでの経緯でご迷惑、ご心配ををおかけした皆々様に深くお詫び申し上げます
各ツイートの関係性
主なツイートの関係性を整理した結果
©️2022 Jun Inukai
争点とのマッピングを追加
©️2022 Jun Inukai
争点整理
被告側(高橋健太郎氏)が準備書面で示した争点整理
©️2022 Jun Inukai
一審判決(主文)
2022年11月15日の一審判決(東京地裁、藤澤裕介裁判長)で高橋健太郎氏は敗訴し、50万円(上念氏が要求した金額の3分の1)の損害賠償が命じられました。
1 被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する令和元年12月6日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる
一審判決のポイント
判決文に記載された争点ごとのポイントを整理した結果が以下スライドです。原告の主張が認められた点(および被告敗訴の根拠)は赤字、原告の主張が認められなかった点は青字で色分けしています。多くの争点において、原告(上念氏)の主張が認められてないことが青字の内容から読み取れます。一方、被告(高橋氏)敗訴の根拠は、楽曲「Racist Friend」について意見表明したツイートだけであるという異常性も浮かび上がります。
©️2022 Jun Inukai
この判決には以下のように様々な不審点があり、非常に問題の多い判決と言わざるを得ません。
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上念氏について一貫して「人種差別思想を持つ人物であるとは言えない」と結論づけている。特に、争点4では上念氏を「人種差別やヘイトスピーチの排除に尽力してきた」とまで持ち上げている。こうした評価は、本人尋問で露呈した事実と大きく矛盾する。*詳細は、後述の本人尋問 質疑要旨を参照
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楽曲「Racist Friend」について意見表明したツイートで高橋氏は上念氏を一切名指ししていないにもかかわらず、 「歌詞(あなたにレイシストの友人がいるなら今からはもう友人関係ではいられない)や一般読者の読み方を基準とすれば、被告(高橋氏)が原告(上念氏)を人種差別主義者と意見表明した」と評価した。その一方、明確に上念氏をレイシストと名指ししたCRACのツイートのリツイートでは原告の訴えを退けており、判決に一貫性が無い。
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争点3において、楽曲「Racist Friend」について意見表明したツイートは「各前提事項を基にした評価としては不合理である」と明記した上で名誉毀損の不法行為と認定しているが、これは名誉毀損の最高裁判決(ゴーマニズム宣言事件 平成16年7月15日)と明らかに矛盾している。 *判例は以下参照
「事実を摘示しての名誉毀損と意見ないし論評による名誉毀損とで不法行為責任の成否に関する要件を異にし、意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは、意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し、これを手厚く保障する趣旨によるものである」
原告 本人尋問
本訴訟では上念氏の希望によって、2022年8月30日に本人尋問が約1時間半にわたって実施されています。
本人尋問における上念司氏の発言のごく一部を整理したのが、以下スライドになります。
©️2022 Jun Inukai
「自らはレイシストではない」「自らはデマを吐いたりしない」と一貫して主張してきた上念氏。しかし、沖縄の基地反対運動をめぐる放送が悪質なデマであるとBPO及び裁判で認定された「ニュース女子」を始め、これまでの言動の真意を本人尋問で自ら説明したことによって、それらの主張の真偽は白日の下に晒されました。
上念氏の奇想天外な主張に対して、傍聴席からは何度も失笑が漏れる展開となりました。
これ以降に記載した1時間半にわたる本人尋問の詳細もあわせてご覧いただければ、その実態がさらにハッキリと伝わるはずです。
後半の目次
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本人尋問の概要
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本人尋問の質疑要旨
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